エストニア

梅雨が続いている中、エアコンレスな我が家ではなかなか切手を整理するチャンスがやって来ない時期になっています。
気候の良かった時期に整理していたものをご紹介します。

「バルト三国」の一番北に位置するエストニア。
大相撲の力士、把瑠都の出身国でもあります。

この国は2つの一番切手があります。

最初の一番切手です。

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アレクサンドレッタ

すぐに思い浮かぶ場所にはありません。

一瞬、エジプトのスエズ運河の近くにある港町と間違えそうな地名です。

加刷された切手の国名から察しがつくかもしれませんが、シリアの辺りです。
厳密に言いますと、シリアとトルコの境になる場所。

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ピトケアン諸島

島の歴史を描いています。

南太平洋の遠く離れた小島です。
1940年発行開始。

このセットは1951年まで発行された切手になります。

この島に人が住み着くようになった経緯は非常に興味深いものがあります。詳しくは、ウィキペディアの記事、もしくは「世界飛び地領土研究会」の記事をどうぞ。

一番切手を集めるきっかけ

はじめまして。

以前は、色々な話をごちゃまぜで Move Blueというコンテンツで続けてきましたが、
複数の話をひとつのページで続けていく事の限界を感じました。
切手だけでブログを始めるする事にします。

今のところ、仕事が最優先ということもあり、家族もあり、もらっている小遣いも限界があります。
そのため、郵趣は低空飛行の状態が続いておりますが、ボチボチと入手は続けております。
手元に来た「収穫品」をこの場で披露いたします。

ブログのタイトルの通り、今一番力を入れて集めているのが各国で一番最初に発行された切手。
ズバリ「一番切手」です。

きっかけは、とある郵趣イベントでの切手商ブースで「こんなのがあるよ」と見せられた、フランスの植民地の一番切手でした。

その頃何カ国かをカタログ収集していたのですが、行き詰まりを感じてました。
また、安価で1945年以前の切手を集めてみたいという衝動もかられていました。
ただ、きっかけがつかめられずにそのままフワフワと漂流していた感じでした。
そんな状態だったので、ちょうどガツンとはまってしまったのでしょうね。

今後述べていくのですが、この軽いノリで始めた収集が実は茨の道だったのです(それはそれで面白いのからいいのですけど)。

今後、ボチボチと紹介をいたします。
それ以外の私の集めた切手も紹介していきますが、ご容赦ください。

ランサーエボリューション

結構お気に入りの切手です。

上の切手はフィンランドから2000年に発行された、ラリードライバーのトミー・マキネンがWRC(世界ラリー選手権)
で4年連続ドライバーズチャンピオンになったことを記念して発行された切手です。
描かれている車を見てお分かりいただけるかもしれませんが、日本とも非常に関係ある切手になっています。
描かれている車が三菱自動車のランサーエボリューションVIです。

この切手、ラリーの緊迫感もありますし、
右側の切手の車の上の部分にはラリーを行ううえで必要なペースノートをさりげなく載せていたりしています。
ペースノートとは、レースで走るコースの状態を記載したメモになります。ラリーの場合、F1などの専用コースを周回するのではなく、
私たちが日頃通っている一般道を100キロ以上の高速スピードで走行するため(一部分で専用コースを走るときもありますが)、
その場その場で判断が難しくなります。そのため、細かい道路の状態を記載してドライバーが先の状態を予測しながら運転し、
高速走行していても安全に運転できるようにしているのです。
レースの直前にドライバーとコ・ドライバー(ナビゲーター)が一緒にコースを走り(レッキ走行と言います)、
道路のカーブや起伏の状態をペースノートに記録しておきます。レース本番には、シートの右下に描かれているコ・
ドライバーがペースノートをレース中に読み上げ、ドライバーにコースの状態を伝えます。コ・
ドライバーが読み上げるペースノートは読み間違えると、大事故にも繋がったりしますのでかなり重要な役割になります。

右上の数字は彼が4年間のドライバーズチャンピオンになった年号を記載しています。
ところどころにさりげない演出で重要な部分を押さえているデザインになっています。

自動車レースに参戦する車には一定の決まり事がありまして、
WRCの場合は当時は市販車で2000ccの4WDで年間2500台以上販売されている事という決まりがありました。
これをWRCの規定ではグループAと言います。グループAで参戦していた車は、お金を出せば私たちが手に入れる事ができました。
「お金を出せば」と言っても、高級車1台よりちょっと安い金額です(日本だから、この金額というのもありますが)。

1990年代に入ってから、このグループAで参戦した三菱のランサーエボリューションやスバルのインプレッサ、
トヨタのセリカといった、日本車が活躍する時期がありました。この切手が発行された頃が最後の集大成といった時期になります。

彼の偉業をたたえて、三菱自動車では彼が操縦していたラリー車のベースとなったランサーエボリューションVIに「トミー・マキネン・
エディション」という限定バージョンを販売したくらいです。(もともと、車自体の存在が限定されたものですが)

90年代後半にWRCの車両規定に新しい規定が出来ました(WRカー)。この規定では、
駆動系の改造やエンジンの載せ換えといった市販車からの大幅な改造が可能となりました。WRカーの規定を採用され始めてから、
ヨーロッパのメーカーも参戦して以来、日本メーカの勢いが無くなりました。
その最後のひと花を咲かせたのがトミー・マキネンの乗ったランサーエボリューションVIでした。

なぜ、このようなモータースポーツの偉業が切手になったのかといいますと、フィンランドはモータースポーツが盛んな国なのです。
ラリーでは、ラリー・フィンランドという、WRCの公式レースが昔からありました(昔は千湖ラリーと呼ばれていた)。また、
フィンランド出身のラリードライバーではトミー・マキネン以外にもユハ・カンクネンやマルクス・
グロンホルムといった人や日本で人気のあるF1でもミカ・ハッキネンやキミ・ライコネンがフィンランド出身なのです。
そのようなお国柄なのでしょうか、凝ったデザインになったのでしょうね。

余談ですが、
年に何回か切手商の対面販売で切手を購入する機会があります。ここ数年、「本命」と言えるような切手が無いときには、
交通関係や日本車の切手をチョコチョコ「つまみ食い」しています。ここ2年くらいは、「本命」と言えるような切手に当たっていたりするので、
つまみ食いはあまりしていませんが。

なぜか角・・・

重さ50キロ、郵便ポスト盗まれる? 鹿児島・鹿屋(asahi.com)
たまたま休みだったので、夕方の地元のテレビニュースを見ていました。
盗まれたポストは角型だったのですね。てっきり、丸型かと思っていました。
そのニュースの中でびっくりした一言。
(目撃したらしい人の口から)「ガソリンスタンドで、
トラックの荷台に郵便ポストみたいなのがあったのですよね」
えっ?
早く通報しろよ!
テレビを見ながら心の中でキレていました。
だから○○は○○○○て言われるんだから…(自己規制)

単なる「地方の切捨て」ではないでしょう。

郵便集配、1048局で廃止(中日新聞)
ついに来たって感じです。

ただ単に、効率が悪いからやめましょうとかというレベルの問題ではないと思います。
私はいつ「決断するのだろう」と思っていました。大きな組織なので、色々な調整が必要でしょうから。
ほんの数年ですが、以前勤めていた会社で地場のレベルでの交通インフラがかなり改善されるのを「現場の隅」で見てきていました。

地方の山間部になると昔は酷い道が多かったと聞いていました。しかし、バブル期のイケイケドンドンな公共事業からバブル崩壊後の「公共投資」
により、それと土木技術の進歩によって田舎にも立派な道が出来ていきました。例外も時々ありますが、
仕事で走った生活道路になるような道はほとんど立派になっていきました。
中には高速道路のようにかっ飛ばせるような道も(そこは50キロ制限だったりしますが)
お金のない鹿児島がこんな感じなので、お金のあるほかの田舎も察しがつきます。
小泉政権になって「構造改革」でそのペースは落ちていきますが、私が目の当たりにしていた「現場」では色々な人の色々な思惑が交錯しあい、
いつも給料から天引きされる税金や月に数回入れていた自分の車のガソリン代からもこの道が出来るのだと実感していました。
トーキョーの人間から見ると、「こんな人も居ないところにこんな立派な道路を作りやがって」と言われるような、
非常に素晴らしい道が続々と出来て行きました。際たる物は、
人口数千人の小さな島どうしを2本の橋でつないでしまう凄い計画が実行された事でしょうか
(決まったのは最近の話ですが)

私はとある小さな島で行われている珍しい形態の郵便配達についてレポートしたことがあるのですが、
その時点で近くの大きな島と既に立派な道ができていていました。車で10分ほどで集配局から配達ができるため、
いつかは無くなっていくのだろうと思いながら記録をした覚えがあります。
これは極端な例ですが、昔は物凄く交通の便が悪いため各所各所に小さな郵便局が存在する必要があったと思います。
普通の民間企業だったら交通事情の変化とかでそれなりの対応をしていたでしょう。
本来ならば郵政省の時点で行うべきだったと思います。しかし、色々な人の色々な思惑で対応することができず、
そのまま放置の状態になっていただけではないでしょうか。
「郵政公社」になって、「ミンカン」になるいろいろなタイミングが重なってようやくできたのではないでしょうか。
もちろん、集配郵便局がなくなるのは非常に悲しい話ですが。

郵趣的な部分はあちこちで語られていると思いますので、パスします。

風船とボトル

郵便とは直接関係ありませんが、風船に手紙を付けて飛ばしてみたり、ボトルに手紙を入れて海に流したりするのは万国共通でしょうが、国が違えばオチが違ってくる様で。
風船が結ぶ縁 日進高生徒 岐阜・海西小を24日訪問 紙芝居など読み聞かせ(YOMIURI ONLINE)

海西小は、学校あげて緑化活動に取り組んでいる。花の美しさ、自然の大切さを多くの人に伝えようと、昨年11月1日、風船400個を一斉に飛ばした。風船にはマリーゴールドの種を添え、「拾った人は連絡をください」と校名、所在地、児童の名前を書いたカードをつけた。
1個がその日のうちに約40キロ離れた日進高校まで飛んでいき、グラウンドに落ちた。高校側では、10人の生徒に「風船が届きました」という返事を書かせて海西小に送り、その後、手紙や電子メールでのやりとりが続いた。
(抜粋)

反面、こんな事も。
小瓶の手紙流した船長、「海を汚すな」と英発見者が叱責(CNN)

バーネット船長は、以前にも手紙を入れた瓶を海に託し、漂着先の住民からひんしゅくを買った経験がある。そのため、今回はガラス製ではなく、小さなプラスチック製の瓶を選んで手紙を入れていた。
(抜粋)

で、これがあまりにも波紋が広がってこんな結果に。
“瓶の中の手紙”の波紋広がる=英紙が社説で“おわび”(livedoorニュース)

ボトルを流したベネットさん(55)には、世界各国から電話が殺到、毎日のようにラジオやテレビのインタビューに追われることとなった。ニューヨーク地元紙のニューズデーは8日付で、ベネットさんが「もうくたくただよ」と語ったと報じた。
(抜粋)

海岸に住む人には、ボトルメールとゴミは一緒に思えてくるのでしょうか…。

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